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彗星一二型

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空技廠「彗星艦上爆撃機一二型」/D4Y2
全長:10.22m 全幅:11.50m  主翼面積:23.6m平方m 全備重量約4,300kg
発動機:「熱田三二型 」液冷式12気筒1,400hp×1
最大速度:580km/h、航続距離約1,800〜3,600km
武装:機首固定7.7mm機銃×2,後方7.7mm旋回機銃×1
爆弾:胴体250kg/500kg1×1+翼下30/60kg×2、または胴体250kg+翼下250kg×2
乗員:2名

1940年11月15日、原型(十三試艦上爆撃機)初飛行
日本海軍の艦上爆撃機。米軍コードネームはJUDY。
十一試艦上爆撃機(後の九九式艦上爆撃機)開発の保険としてドイツから輸入したHe118は、日本で生産運用する艦上爆撃機としては向かず国産化はされなかったが、技術的にはみるべき点が多かった。
このHe118の影響のもとに十三試艦上爆撃機/彗星は生まれた。
機首のレイアウトなどは、He118のものに非常によく似ている。
十三試艦上爆撃機は戦闘機並みの高速と長大な航続力そして九九艦爆の倍の爆弾搭載量を要求された。
空力的洗練が図られ、空母用にコンパクトにまとめられた主翼には工夫が凝らされた。
運用機数のある程度限定された艦上機ということで、生産性より性能追求に主眼が置かれたという、実験機的色合いもある本機であったが、太平洋戦争の勃発に伴い、九九艦爆の後継主力機として大量生産されることになった。
生産機数は2157機(日本海軍機中第三位)

初陣はミッドウェイ海戦。
高速と大航続力を見込まれて、試作途上ながら「二式艦上偵察機(D4Y1-C)」として、空母蒼龍に2機搭載されたが戦没。
開発に手間取った本機は、艦上爆撃機としては、1943年7月になって、ようやく配備され始めた。
マリアナ沖海戦では、81機の彗星が母艦に搭載され参戦したが、目立った戦果は得られず、母艦部隊は事実上崩壊。以後、本機は陸上基地から飛び立って戦った。
1944年10月24日、レイテ沖海戦の際、本機が単機で米軽空母「プリンストン」を襲撃し、これを炎上、自沈に至らしめた。

本機に搭載された液冷の「熱田」エンジンはトラブルが多く、終始災いの元だったので、「金星六二型」に換装された三三型(D4Y3-S)や四三型(D4Y4)が登場したが、多くは特攻機として飛び立っていった。
20mm斜銃を装備した夜間戦闘機型の一二戊型(D4Y2-S)などいくつかの派生型もある。


著作者:たま、/児玉智則。
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